Petržalka

金なし家なし語学力なしでひとりスロバキアに来てみて。

ポーランド無計画ホームステイの旅①

15日間の長い旅から帰還したけれど予想外の出来事もたくさんあってすべてを書ききれないなあと思っている。やはりブログとかは仕事と違って溜め込まないほうがいい。(仕事は溜め込んでから一気にやるのが良いのだと思いこんでいる)

 

そもそもなぜまたしてもポーランドに旅行することになったかというと、家主のピーターの紹介で出会ったサラさんの実家へ遊びに行くことになったのがきっかけである。

 

サラさんの実家はポーランドのカトヴィツェという街で、ブラチスラヴァのメインのバスステーションからダイレクトのバスが出ていた。家を出るときにはピーターからサラさんへの手土産と、食べきれないほどのフルーツを持たされて荷物はパンパンでひっくり返りそうだった。

 

そして毎度のことながら、スロバキアのバスステーションは本当に不親切で、自分のバスが無数にあるバス停のどこに来るかわからない。人に聞いても誰もわからないのでキョロキョロしながら汗だくでバスを探し回る。今回ばかりは乗れないかと思ったとき5分ほど遅れて目の前に真っ赤な車体が現れた。東欧で定番の格安長距離バス“PolskiBus”に乗り込んだ。

 

7時間後、 カトヴィツェに到着。

ポーランドの通貨はズウォティなのでユーロしか持ってなかった私は、ATMでズウォティを引き出すのだが、1ズウォティがいくらかまったくわかっていなかったために、2000ズウォティ(日本円にして6万円)も降ろしてしまうという度し難いミステイクを炸裂。

 

強盗に会わないことを願っていると、そこへサラさんが迎えに来てくれた。私たちはおよそ一ヶ月ぶりに再会した。相変わらず流暢な日本語に感服しながらもサラさんの実家のあるヤヴォジュノという街に向かうバスに乗った。

 

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カトヴィツェはポーランド有数の工業都市

 

何はさておきここから行き当たりばったりのポーランドホームステイの旅が始まった。たぶん④くらいまで続く。

Barbecueの季節

アフリカより暑いと噂の日本とはうらはらにスロバキアでは少し肌寒いくらいの気候が続いている。私の記憶では5月よりも涼しくなっている。このままどんどん寒くなることを思うと冬が怖くて仕方がない。スロバキアの冬はバスを待っている間に凍死すると言われるほど厳しいそうだ。

 

そうなったらどこか暖かい国に南下するのもありだなあ。

 

と、天気の話なんかしてしまうほど平和な毎日が続いている。こちらは自然が豊かなのでバーベキューも頻繁に行われる。バスやトラムで数十分で大自然の中で酒が飲めて安上がりだ。しかし屋外でのイベントはほぼ100%の確率で豪雨に見舞われるのでやはりバーベキューはきらいだ。ちなみに先日は会場へ向かう道中、バスを間違え、山の中で遭難しかけた。もちろんその間も豪雨である。着いたら雨はあがった。

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17日からは2週間ほどポーランドに滞在する。Szczecinという海の街まで行くので出来ればベルリン、プラハを経由してブラチスラヴァに戻って来たい。人生なげえなあ、と口ぐせのように言っているけど旅に出ているときだけは、もっと時間があればいいのにと思う。

 

夏が終わってしまう。

なぜスロバキアに?

こちらに来て二ヶ月が経ち、今のところスロバキアのことは好きになる一方です。そんなスロバキアに肩入れしすぎな記事はこちらです。

 

workingholidaynews.com

 

ワーホリニュースにも書きましたがなぜスロバキアに?と会う人ほとんど全員に聞かれます。大した理由はありません。スロバキアにワーホリ行った人なんて聞いたこともなかったし旅行したって話も聞いたことがなかったので行ってみたいと思いました。

 

そんな理由でも行きたいと思ったところには行けるものなので、なんでもやってみるものです。その結果、やっぱりやめときゃよかったと思ったらやめればいいです。

 

自由に生きることを許されているうちは、何度でもやり直せると思っています。年齢は関係ないけど、長く何かを続けたりどこかに居続けていると自分の直感は弱くなると思うし、そういう感覚を信じることがこわくなっていく気がします。

 

なぜかはわからないけどここにいる

生きていることを感じる毎日です。

外国で初めてバイトをして思ったこと

働くことに対して良いイメージがなかった。お金を稼ぐことが少なからずストレスになることはもう理解している。ストレスと充実は常に比例しているため、お金を稼ぐこと、そして評価されることや必要とされることは常に大きなストレス、つまり責任とプレッシャーがセットになっている。

 

 

私が、スロバキアでバイトをしてみて思ったことはひとつだけだ。日本にいるときに当たり前だった、お客様第一主義がこちらには存在しないということ。

開店のタイミングは準備ができたとき。開店時間が過ぎていても準備ができていなければお客さんには帰ってもらうし特段慌てたりもしない。普段生活をしていてもいつも感じていたことだけど、みんな働いている人は、こちらにはこちらのペースがあるというのを芯に持っている。

 

 

全員それが当たり前なので客も怒ったりはしない。日本では時々、お店と客の間に上下関係あると勘違いした輩がふんぞり返りここぞとばかりにクレームをつけまくる。お客様は神様ですといった日本人の奴隷精神が引き起こしたこの図式はもう今更変えようもないのだろう。

 

 

私が思うに、こちらには小さなコミュニティには上下関係がいちいち存在せず、あるとしても大きな問題ではなく、みんなが自分の仕事を全うするだけでそれ以上も以下もない。しかしその中にもしっかりと思いやりはあって、コミュニケーションは大事にする。相手がお客さんであろうが、スタッフ同士であろうが線引が特にないのだ。お客さんにも仲間にも同じ笑顔で口調で接する。その対人関係のしなやかさにこれまで抱いたことのない好感を覚えた。

 

 

働くことは奴隷ではない。部下の上でもお客さんの下でもない。自分の評価や責任よりも先に、立場や役割など関係なく誰とでも笑い合える環境があれば、働くこともきっとストレスばかりではない。

【オーストリア】ヴァッハウ渓谷の葡萄園と廃墟

先日はオーストリアのヴァッハウ渓谷を訪れた。まずはブラチスラヴァからウィーンへ電車で一本で移動。私の家の向かいのペトルジャルカ駅から電車が出ているため、かなりお手軽に行くことができた。

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往復で14ユーロ、2週間有効というフレキシブルな切符

 

 

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ペトルジャルカ駅→ウィーンへの電車は真新しいが乗客は少ない

 

 

1時間10分ほどでウィーン中央駅に到着。こんなに近いのに国境を越えていて、言葉はスロバキア語とはまったく違うドイツ語に様変わりし不思議な感覚だ。ついてすぐにオーストリアの伝統的なファストフードへ。名前はぜったい思い出せないがパンに切りたての分厚いハムを挟んだだけのシンプルさ。この大きさで5ユーロという日本並みの物価高さに驚き、スロバキアボケしている自分に気づく。

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ウィーン中央駅の外に出ると、なんだか見たことのある異様なほどカラフルな建物の並び。そう、ちょうど2ヶ月前のこの日私はウィーンに降り立った。ネットが使えない事実に焦り、ひとり不安になりながら乗ったタクシーから見ていた光景だ。あの時の自分はまだ他所者だった。なんだかすぐにここから出ていかないとと思い、早々と後にしたウィーンの街並み。今も他所者には変わりないけどもう少しここに居ても良いのかなと少し安心している。

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駅の近くには、ベルヴェデーレ宮殿(Schloss Belvedere) 

 

 

 

ウィーンから更に電車で1時間半、クレムスという駅に到着。そこから更にバスに乗ってヴァッハウ渓谷を目指す。

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こじんまりとしていてかわいいクレムス駅

 

 

 

謎の交通渋滞の末40分程かかり目的地のデュルンシュタインという街に到着する。天気はここからいきなり曇天模様。

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バスを降りるとすぐに広がる葡萄園

 

 

 

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誰もいないデュルンシュタイン

 

 

 

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坂を上がっていく

 

 

 

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家の壁を覆っているのもよく見ると葡萄だ

 

 

 

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だいぶ登ると葡萄園の向こうにドナウが

 

 

 

 かなり疲れたので丘の上で美しいドナウを眺めてゆっくり休憩して街に戻ってきた。

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オーストリアのオリジナルジュースは美味い

 

 

 

ドナウ川沿いを歩いていると廃墟らしき建物を発見。かなり大きいし解放されていたのでここぞとばかりに見入ってしまった。 

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 窓の割れ方がこわすぎる

 

 

 

もう少し歩くと山の上に廃城が見えたので行ってみることに。

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葡萄園の向こうの廃城(Ruine Hinterhaus)

 

 

 

12世紀から存在しているお城でデュルンシュタイン城も似たような廃城だけどこちらはもっと小さくて人もぜんぜんいない。またそれが良かった。写真では伝わりにくいけど小さくも美しく悠然と佇む石垣にはぐっとくるものがあった。

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800年前もこのお城から見える景色は変わってないだろうな

 

 

 

再び街に降りてきたときにはかなり疲れていて、ワインを飲む気まんまんだったが店がやっていなかった。時間が遅くなったからかも知れないが、廃墟とデュルンシュタインの街に満足していたので文句は言わず水を飲む。

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なんだかちょっとおどろおどろしいがここから出てる水はかなり美味かった。

 

 

 

下調べもほとんどせずにこんな奥地まで来ることができたのもドイツ語の話せる友達のおかげ。ひとり旅は困難が多いけどバスや電車に乗れたらその都度達成感があって好きだ。でも現地の友達とする旅はその地の隅々まで知ることができて満足感がある。ヴァッハウ渓谷(デュルンシュタイン)は想像以上に田舎を感じられて、廃墟も満載で、ゆっくりするにはもってこいの場所。物価がちょっと高いのが難だけど、お金に余裕さえあればぜひクルージングをするべきだ。船の上でワインを飲んで優雅に過ごすのがヴァッハウ渓谷の一般的な楽しみ方なんだと思う。

スロバキアワーキングホリデー

スロバキアのワーキングホリデーについていくつか寄稿しています。

 

ワーホリニュース|ワーキングホリデー専門ニュースサイト

 

今月からもうひとり、スロバキアにワーキングホリデーに来る方がいるそうです。たぶん私も入れて3人目?なのか。もっともっと増えていけば良いな。

言葉の壁はやっぱりある

そもそも英語がぜんぜんわからないのに、スロバキア語を勉強しようとしているのは無謀なことだと思う。たしかに、英語ができたら生活で困ることはほとんどない。ヨーロッパの人々にとって英語ができることは特別なことではないし、みんな時と場に応じてスロバキア語と英語を使い分けてる。だから、たくさんのスロバキア人がいる中に私がいる時は、みんなが私に気を使って英語で話してくれる。しかしその英語がわからないので、本当に申し訳なさしかない。

 

郷に入りては郷に従え、とは思っていて、ここへ来てわざわざ英語を勉強するより、スロバキア語を学んでスロバキア人と話したい。日本語を少しでも話せる外国人に出会うと思わず笑顔になってしまうように、スロバキア語がマイナーな言語であると自覚しているスロバキア人にとってもスロバキア語を話す外国人は珍しがられるし喜んでもらえる。

 

つまり何が言いたいかというと私は今言葉の壁を実感していて、その壁を乗り越えるためにスロバキア語を勉強することに決めました。

 

自分の目的は語学の習得ではないので、気負わずに生活を楽しみながら言語を学んで行きたいと思っている。生活する上で自ずと英語は必要になってくるので、体当たりで覚えていくしてない。しかしスロバキア語はまったくの未知からのスタートなのでやっぱりある程度勉強っぽいことをしないと学ぶのは難しい。

 

ブラチスラヴァにあるコメニウス国立大学では、SASというサマースクールが毎年8月に開催される。このSASは私にとってすごく魅力的だ。世界各国からの参加者が訪れ、寝食を共にしながらスロバキア語と文化を3週間に渡り学ぶ。初めは、英語で他国の人たちと学ぶことに怖気づいて申し込みを渋っていた。しかし、1年という限られた時間の中で、今ここでしかできないことをするのが目的と思っているので、他の国ではぜったいに経験できない3週間の価値が勝った。6月中に締め切るSASの募集に、滑り込みで申し込んだ。

 

未知な文化を未知な言語で学ぶのはどんな感じなのだろうか。今はまだ無謀だとしか思えないけど追い込まれないと堕落してしまう人間はこうやって逃げ場のないところに身を置くことでしか成長できないので仕方がない。ちなみに、今週からバイトもする。

 

勉強とか計画とか準備が苦手ならなんでも実践から入るしかなくて、何もかもに必ず自分にあった方法があるとこは、大学受験のときに知った。あれから8年が経ち、もう一度、予測不可能な冒険と挑戦を始めようとしている。

日本とスロバキアの距離

スロバキアに住む日本人は200人いる。以前に大使館でそう聞いてはいたけど、街中では日本人はほとんど見かけたことがなかった。そのため日本人バーベキューに参加してたくさんの日本人に囲まれながら、みんなどこにいたんだよ!と思っていた。

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聞けば、スロバキアに住む日本人も年々少しずつ増えているそうで、日本食レストランはこの半年で一気に増えたらしい。数年前から、日本とスロバキアの交換留学生の数も増えてきているので若い人もたくさんいた。私自身も、昨年6月から始まったばかりのワーキングホリデー制度でスロバキアに来た。日本とスロバキアの距離はどんどん近くなっていく。スロバキアを目指す人のために、もしくはスロバキアから日本を目指す人のために、いつか自分も何かできればと思う。

 

スロバキア日本大使館のシェフが作った絶品そうめんを食べながら、近くにいた男性に、「大使館関係の方ですか?」と聞くと周りの方々が苦笑いしながら、「その方は大使ですよ^^;」と教えてくれて、場が気まずくなった。偉大な大使さんのおかげで私もこうやってスロバキアに来ることができたので、この一件は深く反省した。

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ご家族で暮らしているかたも多く、子どもたちは大自然の中で目一杯走り回っていて眩しかった。途中、子どもたちを中心にゲームが催され、カラフルな馬を模した飾りを子どもが棒で叩きまわす光景はなんとも言えずシュールだったが、子どもたちは人形の中から飛び出たお菓子を満足そうに手にしていた。メキシコの伝統的な遊びらしい。

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スロバキアに住む日本人、だけでなく日本に興味があるスロバキア人がたくさんいることも知った。彼らの日本に対する愛情を肌で感じて、私はもっとスロバキアのことを知らなければいけないと思った。

やっぱり柴犬がいちばん

日本が誇るべきは、刺し身でも寿司でも天ぷらでもなく、柴犬だ!

ブラチスラヴァで柴犬を見たことは一度だけある。柴犬を見つけたらいつも盗撮を試みるくらい、自称柴犬愛好家だ。

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ブラチスラヴァに住んでいるエマさんと友達になった。エマさんは日本が好きで、日本語を勉強している。そして、柴犬の『らん』を飼っている。旧市街を我が物顔で散歩する柴犬らん。

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ブラチスラヴァではショッピングセンターでもレストランでもどこでも犬は飼い主と一緒だ。レストランでは犬を連れていると必ず水を出してくれる。(人間の水は有料なのに!)そんな犬に優しいところもこの街の好きなところ。あと、犬たちも自分がヨ〜ロッパで暮らしていることを自覚しているかのように、品格があり優雅である。

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柴犬らんはというとまだ若いということもあり、少々やんちゃではあるが吠えたりはしない。(私はいきなり噛まれたけど可愛いからいいよ!)

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柴犬らんの美しい毛並みと無垢な瞳に癒されつつ、私も生まれ変わったらヨ〜ロッパのお犬様になってみたいなあ、と思っていた。

ブラチスラヴァの好きなところ

先日は、知り合いのご家族のお子さんのピアノの発表会を見学した。芸術小学校の子どもたちの発表会で、だいたいの発表者は親子での連弾。数十年ぶり(言い過ぎか)に聴いたグランドピアノの生音は普段イヤホンから流れ出る質感に慣れきっていた身体に心地よい衝撃と懐かしさを想起させて響き渡る。しかし私が何にうっとりとしていたかというと、その子どもたちの堂々とした佇まいと、横に並ぶ親の誇らしげな顔だった。

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演奏の前と最後に、並んでお辞儀をして見せる何組もの親子を見て、こんなに自信のある親と子どもの姿を私はあまり見たことがないなと思った。ここまで親が我が子を誇らしげにしていたら、子どもも存分に堂々とできるものなんだと思った。そいえば日本では、街中で人前でも、親が子どもを叱責していて、私はよくその光景を見てはお腹がいたくなったものだけど、こちらではそんな光景見たことない。

日本人はシャイだねってよく言われるけど同時にそれは叱られて育った日本人の自信のなさなのでは、なんて思ってしまった。しかしながら私はこちらの人たちの自信満々の笑顔も、日本人の照れ笑いも可愛らしくてだいすきだ。

 

ブラチスラヴァの好きなところはたくさんある。街で寝ている人を眺めていると、人生への無意味な焦りを忘れさせてくれる。

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裸で寝ている人も多い。大阪でも寝ている人はいっぱいいるけど、なんだかもっと、安心して眠っていて幸せそうに見える。4時間後にもう一度見てもまだ寝ていた。それを見てなぜか安心した。

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ブラチスラヴァにはほっとする光景が溢れている。街で働いている人を見ていてもとてもマイペースだ。レジに行列ができても慌てたりしない。スーパーのおばはんはお菓子食べながらレジ打ちしてるし、チケット売り場のおじさんは客を待たせて談笑していた。警察はだいたいアイスクリーム片手に歩いているし、マクドナルドで避暑する。

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ブラチスラヴァでの暮らしは、私にもっとすきなことをして生きていいんだよと語りかける。自分の時間を大事にすることは、自分自身を大事にすることだ。いつでも意のままに生きていたい。そう思う。

コシツェから世界一美しい廃墟を目指す

バンスカ・ビストリツァからバスで4時間。スロバキアの第二の都市、コシツェのターミナルに到着。

 

コシツェの駅は思っていたよりも大きくて、そしてブラチスラバよりも近代的な建物だった。少し離れて眺めると駅の向こうの山にはペトルジャルカ同様にひしめき合う団地群が見える。

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ところで私がこの地に来た最大の目的は、世界一美しい廃墟とも言われている、スピシュスキー城に行くためだ。スピシュスキー城は中欧で最大級の城塞であり、廃墟化しているものの、世界遺産にも登録されている。自称元廃墟マニアとして、スロバキアに来たらいつか必ず行くと決めていた。コシツェのターミナルから直通バスが出ていて、1時間半ほどで着くとのことだ。翌日の10時40分のバスで向かうことにして、この日は宿に直行した。

 

コシツェの宿はブラチスラバよりも高く、最低でも1泊14ユーロもした。予約していたドミトリー宿に着くと、驚いたことに日本人の男の子に出会った。彼は前日にスピシュスキー城に行って来たとのことで、その話を聞いているうちにますますスピシュスキー城への熱は高まった。

 

翌朝、日本人の男の子に別れを告げて、コシツェのバスターミナルに1時間前に到着した。10時40分ちょうどにバスはきた。バスに乗り込み運転手にSpišský hradと伝え4ユーロを手渡そうとすると、「違う」と言う。いや、行き先にはスピシュと書いてあるし、バス停も時刻も行き先も掲示板を見て何度も確認したので間違いない。

しかし白髪で痩せ型しかめっ面の運転手は「違う」の一点張りであり、なんでなのか尋ねても英語はわからないと言われ追い出されてしまった。一瞬の出来事であった。

 

バスに乗り込んでいる乗客と運転手のおじさん全員が敵に見えた。私はひとり泣きそうになりながらバスを見送った。

もう一度掲示板を見る、次のバスは18時15分である。これで向かっても戻ってくることができない。つまり、結論からいえば私はスピシュスキー城に行くことはできなかった。

 

しばらくその場で立ち尽くしたが、もうバスは行ってしまったのである。切り替えるしかない。とりあえず電車で行く方法はないだろうか、と電車のターミナルへ向かう。と、そこでたまたまきのう宿で出会った日本人の男の子と再会した。彼もまたハンガリーへ向かう電車のチケットを購入するのにもめていたそうで、窓口で係員とバトルをして疲れ切っていた。

 

しばらく話しているうちに、こういうときはゆっくり過ごすのもありだとかいう話になって、いっしょにコシツェを観光した。

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みどり色の瓦屋根が華やかなJakabov Palac(ヤコブ宮殿)

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小路には地元民の集うpubがあり飲みたくなる

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広場へつながる道の先にはエリザベス大聖堂が見えてくる

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外観もさることながら一歩中に入るとその敬虔な雰囲気に更に圧倒される

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どの角度から見ても壮麗だが後ろから見るとちょっと可愛らしい

 

 

コシツェの美しい街並みを感じることができたのもあのバスの運転手のおかげだ、とむりやり心の中でまとめていた。中心地を歩いているといくつか観光客向けのレストランがある。私たちは寿司を食いたいという話をしながらも、お互いに節約の旅をしているので、スーパーで食材を買って宿で寿司を作って食べることにした。

 

何軒かスーパーを周り、安い米とサーモンと瓶詰めの鯖のようなものを買って宿に戻った。宿のキッチンに行くと、スペイン人のおじさんがご飯を食べていて、彼も誘って3人で寿司を作って食べた。

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 手作りの寿司は予想以上に美味かった。米の炊き方も覚えたし、寿司が作れることがわかったし、何より彼らと楽しい時間を過ごすことができた。それもこれもすべてあの運転手さんのおかげだ。この日の夕方には豪雨が来て雷がすごかったので、もしも城に行っていたら、雷に打たれて死んでいたのかもしれない、きっとその姿があの運転手には見えたんだ!そうだ!なんて考えても諦めきれないのでいつか必ずまたスピシュスキー城を目指したい。

 

翌朝、ブラチスラバに戻る前に、エリザベス大聖堂のミサに参加した。この日は三位一体の祭日ということもあり聖堂の中では、溢れるほどの人々が深々と祈りを捧げていた。私はこの光景を見て、ここに来るためにコシツェに来たのかもしれない、とさえ思った。

晴れ渡った静かな街にはどこからともなく教会の鐘と賛美歌が響き渡っている。こんな日常が当たり前であることに、自分がここにいれることにすべてに感謝したくなった。帰りのバスに乗ると何か少し清々しい気分になっていた。

バンスカー・ビストリツァで自然に癒やされて学生寮に泊まる

スロバキアは8つの県(Kraj)で形成されていて、バンスカ・ビストリツァはその中でもいちばん広い面積をもつ県である。

 

先日からブラチスラバに来ているサラさんはバンスカ・ビストリツァにある大学に通っている。プログラムが終了し、故郷であるポーランドに帰るので寮の引き払いの為にバンスカ・ビストリツァに一時的に戻るそうだ。私はまだスロバキアの県はブラチスラバしか知らず、他の県も見てみたいので、サラさんと一緒にバンスカ・ビストリツァについていくことにした。

 

ブラチスラバからバンスカ・ビストリツァまではバスで3時間、わずか5ユーロで移動することができる。バンスカ・ビストリツァなんて何もないよ〜!とは言われていたけれど、実際に行ってみるととてものどかで綺麗な街だ。

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中心地はブラチスラバ同様に中世の雰囲気の残る旧市街だけれど、ブラチスラバよりも広々としていて人影も少ない。

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地元の人や大学生が多い街でありアジア人は珍しいのでかなり目立つし結構見られたりもする。でもスロバキア料理や中華料理のレストラン、お土産さんも並んでいて思っていたよりも観光地ぽい感じはした。ティーハウスでチャイを飲んで、夕食はピザを食べて宿へ。

 

宿と言っても、今回泊まるのはサラさんの大学の寮。通称Dorm(ドーム)。このドームは、夏の間は学生がいなくなるので(こちらの夏休みは3ヶ月)格安で旅行者に解放している。宿泊の手続きはホステルに泊まるよりも厳重でややこしかった。

 

部屋に入ってびっくりしたのが、4畳半くらいの部屋でベッドと机がありかなり狭かった。しかし1泊4ユーロなので文句は言えない。床にマットレスを敷いて寝かしてもらった。

 

翌日は、Donovalyというところへ行った。冬はスキー場として有名な地だけあって、バスを降りると、風はぐっと冷たくなった。

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熊もいるらしい

 

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山を登って振り返ると、嘘みたいな大自然で、時間を忘れてぼーっとしていた。結構登ったので、やっぱり日頃引きこもりなので、疲れるなあと思っていると、サラさんが日本語で「私は疲れた。引きこもり人生だからな」と言ってきてびっくりした。彼女の日本語の達者さには本当に驚かされる。

 

疲れたので山を降りてスロバキア料理のレストランでカプスニツァを食べた。カプスニツァはキャベツとかベーコンの入ったトマトの味のスープで酸っぱくて美味しい。でも喉が渇く料理だ。レストランの近くには小さな教会があり、中を除くことができてここで少し落ち着いた。

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次の日は、中心地のレストランで日替わりランチを食べた。スロバキアに多い羊のチーズとポテトと野菜やきのこのグリル。シンプルですごく美味しかった。f:id:osushi24:20170613055626j:plain

 

 

大学の寮に泊まることができたり自然に癒やされたりして、バンスカ・ビストリツァでは貴重な経験をすることができた。それもこれもサラさんに出会えたおかげ。帰りはバス停まで見送ってくれて、一緒に過ごした1週間は本当に楽しかった!と言ってくれた。

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サラさんありがとう〜。彼女はポーランドへ帰り、私は、このままスロバキアの東の県コシツェを目指すことにした。

ZOO Bratislavaで感じた日本とヨーロッパの動物園の違い

ブラチスラバ動物園ことZOO Bratislavaへ連れて行ってもらった。動物園が好きなのでかなり嬉しかった。しかもこの動物園にはパンダがいると聞いていたので、アドベンチャーワールド以外でパンダが見れることに胸を躍らせていた。入り口にはなぜか突如恐竜が現れる。 

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ヨーロッパの動物園では、日本とは違って動物たちがすごくいきいき、というかのんびり楽しそうに暮らしているかのように見えた。とくにトラとかライオンとかヒョウといった猛獣たちがみんな飼い猫のような振る舞いを見せていて面白い。

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触りたい。

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この師匠っぽいサルの表情は人間にしか見えない。ここに行ったら絶対に見てほい。

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人間のお父さんでも昨今なかなかこんなに堂々と家でくつろげないだろう。

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自由すぎるのは動物だけではない。

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そして嬉しいことに、園内のさくらんぼは食べ放題(勝手に取って食べた)

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動物園は本当に広大な敷地で、多分自分たちが飼われていることも忘れてしまうんでないかというくらいだ。

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 こんな広くて自由な動物園なら、飼われても良いかも・・と思いながら、そいえばお目当のパンダを見ていないことに気がついた。サラとピーターが「ほら、パンダだよ!」と指をさす先には、だいぶ遠くの方から小さいタヌキのような動物がこっちを見ていた。「え!パンダってレッサーパンダかよ!!」と心の中でつっこみつつもその何とも言えないやる気のない姿にシャッターを切らざるを得なかった。

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ブラチスラバ観光(聖マルティン教会・ミハエル門・大司教宮殿・ブラチスラバ城)

ブラチスラバの旧市街は小さいが、教会や博物館、ギャラリーなどもたくさんある。旧市街への入り口となるミハエル門は、塔の中に入ることができて、内部は中世の武器博物館になっている。展示している武器の中には日本の刀などもある。

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この旧市街のメインとなるミハエル門だけど、そんなに大きな建物ではないので、塔のてっぺんまで武器の展示を見ながらでも20分くらいで上がることができる。塔のてっぺんからはブラチスラバの旧市街を見下ろすことができるので天気の良い日に登るととても綺麗。

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ブラチスラバの好きなところは、やっぱり観光地化があまりされていないぶん一本裏道に入ると、廃墟があったり落書きだらけだったりするところ。日本のように地震が多い国ではもうとっくに残っていないであろうボロボロの建物もたくさんある。

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しかしそんな裏路地でも廃墟の窓に絵を展示したりしていて面白い。

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歩いていると旧市街のど真ん中に“かんさい”という日本食レストランを入ることに。日替わりランチに味噌汁とビールを追加。お味はというと、本物の日本の味、というか日本で食べるよりも美味いと感じるほどだ。しかもこんな贅沢をして8ユーロくらいだったと思うので定期的に通いたい。

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この日は、聖マルティン大聖堂と大司教宮殿とブラチスラバ城を見学した。ブラチスラバ城を回るのには4時間かかった。内部はかなり広大な見学回路が広がっていて、地下1階から5階まである。石器時代から現代に至るまでの歴史を知ることができるが途中から迷路のごとく思えてきて出口がどこかわからなくなり最終的にひどく疲れた。

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どおりで入場8ユーロもするわけだ!と納得。外観だけでも十分綺麗だけど、中に入ると丸一日楽しめるブラチスラバ城。私にとっては家の窓から見るのが一番である。

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言葉の壁なんてない!ポーランド人サラさんとの出会い

先日から家に泊まりに来ているサラさんは、1年前に私の部屋に住んでいたポーランド人の学生で、夏休みなのでブラチスラバに戻って来ている。そして彼女は日本語が堪能だ。

 

家主のピーターから話には聞いていたが、22歳で日本に行ったことのないポーランド人の女の子が、まさかここまで日本語がペラペーラだとは思っていなかったため、初めて会ったときは驚嘆した。

 

サラさんに会うために血眼になって英語を覚えようとしたのに、完全に拍子抜けした。むしろこの数日間日本語しか話していない。サラさんは家主ピーターと私の会話も、お店での注文も全て通訳してくれる。

 

なぜこんなに日本語が話せるのかというと、サラさんは日本のアニメ・ゲーム・漫画が大好きであり、4、5年前から独学で日本語を学んだそうだ。日本のアニメ・ゲーム・漫画について、私が今まで会ったどんな日本人よりも知識量が多い。彼女が今どんハマりしている『あんさんぶるスターズ!』についてかなり熱心に教えてくれるために、私はアイドル育成ゲームには全く無知であったがこの数日間でかなり詳しくなったと思う。

 

寝るのも食べるのも忘れてあんスタをプレイしながら、わからない単語があったら調べ、一つ一つ習得していったサラさんを想像しながら、言葉の壁なんて存在しないのだなあと思った。あるのは単なる大きな山であって、サラさんにとってはそれはアニメや漫画やゲームといったいわば宝の山だ。その山を登るために言語が必要であったりして、登頂する頃には自ずと全てセットになって習得していたのだ。

 

日本からスロバキアの芸術を学ぶために留学している学生さんもみんなそうで、スロバキア語を習うためにここへ来たのではなくて、ここにしかないものに触れて作品を作っていくうちに、自ずとスロバキア語も話せるようになったのだろう。

 

言語は目的ではなくて手段なんだ。このことに気づいてすごくすっきりとした。語学留学という響きがなんとなく嫌いだったのもそのせいか!とも思いつつ、ともすれば自分の前にある山はなんなのだろう。

 

まあとにかく、自分の好きなことをしながら言葉はのんびり習えばいい。私はまだまだたくさんの人に出会って知らないことを知りたい。

 

と、開き直ったが「リナさん!“度し難い”ってどんな意味ですか!?」と質問され、全く答えられなかったので、日本語から勉強し直した方がいいだろう。